2009年07月01日

死にぞこない

このところ、質問サイトなどに、死後の事がよく書かれている。
「死は虚しいことか」などです。

もし来世を信じているなら、虚しいはずはありません。
なぜなら、先に希望があるからです。
もし来世を信じていなければ、虚しいはずはありません。
なぜなら、先には無しかないのですから。
虚しいのは死ぬ事ではなく、「生きてきた事が」であるはずです。

つまり、死や死後が虚しいのではなく、それまでの人生を虚しく感じるのです。

では何で生きてきた事が虚しいのでしょう
来世を信じているなら、この人生は一つの通過点だし、為してきた事は後に繋がるのだから虚しいはずはありません。
来世を信じていなければ、先には何もないのだから虚しい筈がありません。
虚しいのは、今生で心残りがあるから、失う事に対する失望があるから虚しく感じるのです。
来世を信じていなくても、今生を精一杯生きて、死を目前に満足すれば虚しさを感じる事などありません

今生の心残りや、不満足がある場合。
そして地位や財産などがあり、それを手放す事を危惧しているから虚しいのです。


-----これは書きかけの記事です。まだ続きます-----
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2009年03月22日

正しい神社参拝の仕方(後半)

まだ、神社に来ただけですが、簡単に前回のおさらい
@願いは神社に来るまでにしておく
A鳥居をくぐる時は軽く会釈
B歩く時別に中心をはずす必要はなし
Cむしろ敷石をはずすのは失礼にあたる


では手水舎で清めましょう。
神様ごとは左・右・左が原則。これがなぜかは諸説ありますが、あまりきにしたことはありません。お祓いも、よく観ていると左・右・左と振ります。
だから、手水も左・右・左で行いますが・・・。これも応用でしかありません。
前に述べたように、本来は川に身を沈めて穢れを祓ったイザナギ伝説に起源があります。従って、手を洗うのはなごりでしかありません。
或いはこの時、左目(アマテラス)、右目(ツクヨミ)と洗ったので左>右となったのかもしれません。
@杓に6〜8分目ほどの水を取り、右手に持って左手を漱ぎます。
A次に左手に持ち替えて右手を漱ぎます。
Bもう一度右手に持ち替え、水を左手に溜めて口を漱ぎます。
Cもう一度左手を軽く漱ぎます
D杓を両手で持ち、立てるようにして、柄に水を流して清めます。

【注意】
a)説明書の中には「汲み直す」とあるものがありますが、別に問題はありません。
しかし私は水に対する尊厳、質素などの観点、曹洞宗の教えから、杓一杯で全てを賄うのに充分と考えています。
従って、せいぜい、最後に新たな水で杓を洗う程度にしたいと考えています。
また飲用に適さない水もあるので、その際は口元まで持っていくだけに留めます。
b)手水をする前に周囲を見て見ましょう。
かけ流しの水、や排水設備のある手水舎ではキチンと口を漱いでも問題ありませんが、単に水盤だけだったり、常時流していない手水舎で口を漱ぐのは不衛生極まりない事です。
私はこのような場所では、形式的に口元まで持っていくだけに留めています。
c)手水舎が無い。水が無い
別にそのままでいいと思います。
もしどうしてもというのなら、ペットボトルに水を入れて持ち歩きましょう。

賽銭は投げる?
厄を祓うという意味から賽銭は投げるものと言われています。
その起源は定かではありませんが、個人的には仏教の作法にはぞんざいなものが多く感じられ、(経典をザーッと捌いたり)、賽銭を投げる風習も神仏混淆の歴史の中で、この辺からではないかと、或いは節分の豆と混同されたものだと思うのです。

それはさて置き、賽銭は神饌の代用という考えもあります。
元は作物などを神に奉じたものが、商業の時代となり賽銭へと変ったということです。
となれば、供物を放り投げるのはおかしい。だから、そっと差し上げるのが正式という事になります。
どちらの説をとるかは個人の自由としましょう。

絵馬
普通、参拝の後に掲げる絵馬ですが、先に解説します。
なぜならこれが正式な順だからです。

そもそも絵馬ってなんでしょうか?
その昔、馬は神馬(ジンメ)と言って神様の乗り物でした。
参拝時、特に祈願する際には馬を奉納する習慣がありました。
しかし、そんなにいい馬が多いわけも無く、世話も大変だし、庶民では無理。
そこで、土人形や木彫りの馬が奉納され、次第に絵に描いた馬になりました。
絵馬の屋根型の飾りは馬小屋の屋根だったんですね。
つまりは、絵馬は祈願する際の奉納物。だから願いを絵馬に書く

…ということは賽銭と絵馬はおなじもの
なので、絵馬を購入すれば賽銭は不要。そして絵馬は参拝の前に納めるのが手順というわけです。
でも、こんなこと正しいなんていうと収入が減ると神社から怒られそうなので、賽銭は別に納めてもいいです。


はてさて、ようやく神前に辿り着きました。
では拝礼にはいります。
posted by おとん at 05:21| 神奈川 曇り| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

正しい神社参拝の仕方(前半)

先日、江原さんが浅草の散策をしていた番組を見ました。
母がファンなのと、息子が以前、彼のサイトの作成をお手伝いした事もあり、なんとなく縁を感じてしまい、私も違和感なく見ています。
彼の言いたい事は、別に霊界を表に出す事もない内容で、その証拠に、最近ではあまりオーラだとか霊験だとかが前に出ずに番組が終わっている事も少なくありません。
というか、彼自身、霊界からの言葉ばかりに目が向けられる事に、いささかノイローゼ気味(そこまで酷くは無いか?)になっているようで、以前から私が言っていたように(ココではなくいたるサイトで)画面への出番も少なくなっていくようです。

では、本題…

この番組の中で、彼が正しい参拝方法を示していました。
私も昔から違和感を感じていたのを、ほぼ同じ所作をしていたことに、なぜかホッるんるんとしました。
以前から、あちこちで触れてはいましたが、この事だけを表題として書き表した部分が無いようだったので、あらためて、ここに書きとめておきたいと思います。

とは言っても、これを守らなければいけないという訳ではありません。
所作を間違ったからと言って、願いが届かないわけでも、祟られるわけでもありませんが、正しい参拝の心を覚えておいた方が、ヒトへの接し方も、自分の心の持ちようも変ってくると思います。

神社参拝の仕方

願い
多くの人が神社へ願い事に行きます。でも、もう一度振り返ってみて下さい。
疎遠にしていたり、日頃出会っても挨拶も交わさない人の所に行き、いきなりお願いをして聞いてくれると思いますか?
しょっちゅう参拝をしているから、信仰があると勘違いしている人が居ますが、参拝の度にお願いだけしているのは信仰とは言いません
信仰とは仰ぎ信ずる事。自分の欲求だけを押し付けるのが、下僕に用事を申し付けているのと同じ。挙句に「願い通りにならない。こんな神なって居やしない」なんていうのは、下僕をクビにしている様なもので、とても「仰ぐ」状態ではありません。

願いとは、その人が本当に必要としている事であり、神前だけで思いつくような事は願いとは言いません。手を合わせた時だけで、日頃はすっかり忘れてしまうような願いは叶っても叶わなくてもいいという事になってしまいます。
願いは平素から心に湧き出てくる思い。長年に渡って叶えようと努力している事を言います。
ですから、本来、神前では願いを申し上げる必要はありません。まして、自分の思いだけを言い放って、さっさと帰ってしまったら、相手がどう思うかという事を考えてみて下さい。
執着という言葉があります。長く思い続ける事を(シュウ)の字が表します。
本当の願いとは長く思い続ける確固たる思い。つまり確執(「かくしゅう」と読む)なのです。
長く思い続け、叶える為の努力をしている事ですから、神前だけで願うという事はありえません。
そう、願いは既にしているのです

では神前ではどうすればいいのでしょう。
それは順を追って述べていきます。

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posted by おとん at 01:47| 神奈川 曇り| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

節分 恵方巻(後)

節分の豆まきは「追儺(ついな)」という中国の風習が伝わったものだそうで、「鬼やらい」などとも呼ばれています。
いずれも疫病などをもたらす鬼を追い払う儀式で、文武天皇の706年(慶雲3年)に宮中で初めて行われたそうです。

ところがこの追儺という行事には豆まきは出てきません。一説には「豆には邪を祓う力がある」といいますが、これも根拠に乏しいです

ではなぜ、豆なのか?
某番組では古代ヨーロッパ起源説も唱えています。確かに共通点も多いですが、この場では取り合えず考えないでおきます。
実は「」だからではなく、豆を蒔いた時の「」がキーワードなんです。

追儺という行事では鬼(初期は鬼を祓う係)に向って弓鳴り振鼓の音を仕掛けていました。
振鼓は今で言えばでんでん太鼓に近い雅楽の楽器です。
でんでん太鼓の音を聞いた事のある人なら、もう答が出たかもしれません。
実は豆を蒔いて板戸や床などに当って発する「バラバラ」という音が振鼓の音になぞらえているというのが正解です。
だから、必ずしも鬼に当てる必要は無く、バラバラと派手に音を立てる方がいいのです。

豆まきに使う豆は炒った大豆です。なぜ炒った大豆なのか…後で食べるからなのか。
でも、それならば拾った後で炒った方が衛生的な気もします。

「昔はそんな知識なんか無かった」という人が居ますがとんでもない。
むしろ現在の方が古来の知恵に比べれば衛生的に無神経だといえます。
ただ、豆を炒るのには時間と手間がかかるので、現代では炒って食べようなどと考えず、お店で買う事をお勧めします。

一つは炒って乾いた豆の方が音がいいからであります。
もう一つは古い民話にあります。

ある村では鬼が暴れまわり、村の作物や女をさらって行ってしまう。
そこに現れた一人の知恵坊主(子供という意味)が鬼に言いました。
「いつも暴れていては村の作物も育てられない。ここはどうだろう、作物が育ったら鬼さんに供えるので、そのときだけ山から降りてきてくれないか」
鬼は聞きました「いつ降りてくればいいんだ」
すると坊主は言いました。「この豆に芽が出て花が咲いたら降りてきてくれ」
鬼は約束して山に帰りました。
ところが坊主が渡したのは炒り豆でした。幾ら待っても花どころか芽すら出るはずもありません。
それからというもの、鬼は花が咲くのをひたすら待ち、二度と山から出る事がなくなりました。
だから、炒り豆なんですね。


さてさて、それでは恵方巻にも少しハクをつけましょう

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posted by おとん at 02:39| 神奈川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

節分、恵方巻(前)

歳を取ると、一年はあっという間です。
何でこんなに死に急ぐんだろうと思うほど、ゴールに向って猛ダッシュしているようにさえ思えます。

さて、社会的な一年は正月元日ですが、この2月節分を年替わりとしている風習は今も多く残ります。
気学ではこの日を境に本当の一年が始まります。

いつの頃か恵方巻と言う風習が関東にも入り込んできました。大阪を中心に関西では戦後暫く途絶えていたものが、最近になって復活したようです。

起源は様々謂われているようで、最も広く知られているのが大阪の海苔業者による宣伝というものです。
土用のウナギの逸話と商人の街大阪をかけたものでしょうが、土用のウナギというよりはバレンタインの方が適切です。ウナギはあくまでも宣伝コピーですから…。


では実際はどうなのか、それは誰も知りません。
様々なサイトなどを読みふけっていると、僅かながらにそれらしき歴史が見え隠れしてきました。(以下は<続き>で…

でも、この恵方巻…具は七福神にちなんでとか言って
「かんぴょう・三つ葉・高野豆腐・厚焼き玉子・しいたけ・焼穴子・でんぶ」「玉子、穴子、椎茸、かんぴょう、高野豆腐、きゅうり、おぼろ」などとされています。
どの具がどの神様というのではなく単に7種類という事らしい
なんとも薄っぺらな謂れです。

七福神という短絡さは如何にも明治以降の下世話な発想だといえます。

ちなみに福を巻き込む海苔巻き縁を切らない為の一本丸ごとは、それこそ後からつけられた謂れだと思います。


まぁ、せっかくの風習ですから、それなりに恰好をつけておきたいものです。
その話は次回にご期待。

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タグ:恵方巻
posted by おとん at 00:30| 神奈川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月18日

学問の神様

世はまさに受験戦争の真っ只中…そんな折でもありますが、ちょっと世に異論を唱えます。それは

「学問の神様を詣でるなら乃木神社がふさわしい」


先日、初めて赤坂の乃木神社に行きました。
それまでは、明治時代の勇くらいの知識しかなかったので、大きな衝撃を受けました。
彼は現六本木ヒルズのある長州藩上屋敷で生まれ、玉木文之進の創った松下村塾で吉田松陰とともに学問を修めました。

西南の役や第一次大戦など戦歴は華々しいが、戦績はと言えばさほど天才といわれるほどではなかった。旅順陥落(2回目)で歓声とともに迎えられたくらいです。
しかし、その折、ステッセルらロシア軍幕僚にも帯剣を許し、ロシア軍との会見風景は一枚だけに限るなど、
彼らの武人としての名誉を重んじた紳士的な振る舞いが世界的にも評価されています。
西南の役では実弟を敵将として死なせたり、師でもある文之進が切腹するなど、乃木の心は非常に傷つきました。
旅順後、遺族の困窮した生活を援助したり、「乃木将軍と辻占売り」に見られる様に彼の優しさや人徳もから見てもその心の傷が深かったであろう事は想像できます。

その後、学習院の学長を勤めるなど、軍績よりも人としての徳・孝・精神面での評価をしたいところです。

一方、天満宮の祭神である菅原道真は祟り神です。
その才能は非常に秀でており、学問としては若くして文章得業生となり、あまりの速さに規定を逸して三階級を一階級特進に押さえられたほどです。
しかし一方で、中央集権的な財政を主張して権力の集中を嫌う藤原氏や安定を望む中下級貴族の反発を受けたり、
三善清行の諭しを断るなど、政治的上昇志向の強さも伺われます。
また、中国との関係では道真は漢字を唯一の文字として、その関係を保とうとするなど、
平仮名の導入、日本独自の独立した文化を伸ばそうとした藤原時平との確執も大きいようです。

確かに才知に関しては秀でるものがあったように思いますが、権力志向と一極集中の考えは賛同できません。
結果的に、政治的に破れ、政治的野望の怨霊と化した祟り神です。
そう考えると、現代の「親方日の丸」的考えの象徴でもあるように思えます。
これに対し、時平は周囲の状況に的確に反応しながらも、日本を一国としての価値を高めようとした自立心をむしろ評価したい所です。
また、その能力の評価にも関わらず、低位で甘んじた姿勢も好みです。

以上の理由から、私は学問の神としては道真よりも時平や乃木の方が適していると思っています。

時平を祀る神社
posted by おとん at 11:50| 神奈川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

喪中の参拝はイイ?悪い?

何も書かないうちに一年経ってしまいました。
相変らず訳の判らない常識を振りかざしている輩が居るのは残念な事です。(詳細は昨年1月分参照)
あらためて申し上げますが、新年明けましておめでとう」は間違いではありません。

ところで、昨年暮れから今年にかけて教えてgooなどに多かったのが「喪中の参拝」に関する質問。
答の多くはNGとしていましたし、作法やマナーのサイトの多くもがNGでした。

でも、これは明らかにおかしい。

私達は神代に生きています。
誕生も死出の旅発ちも神の手にあります。
にもかかわらず、喪中というだけで参拝できないのは明らかにです。
それに…
もし、喪中の参拝が不遜だったら、神道の葬式はあり得ない事になります。
それに…
亡くなった人の魂は神の世界に入ります。誰でも地獄に堕ちる命でも、死んだ後には救ってあげて欲しいと思うのではないでしょうか?
だとすれば…
人が亡くなったときこそ、神の前に出て、亡くなった人の魂を救って欲しいと願いたいのではないでしょうか?

解釈はこちら
posted by おとん at 21:31| 神奈川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

ハロウィン

もうすぐハロウィンです。こう見えても(ブログじゃ見えないって:ツッコミ)私はカトリックなんです。なので私し的ハロウィン解釈を書いてみます。

キリスト教では聖霊降臨(ペンテコステ)の祝日後の最初の日曜を諸聖人の日とした。これが11月1日(Allhallows-day)です。
ハロウィンは元はhallows-eve(ハロウズ-イヴ)からHalloween(ハロウィン)に転じたのです。ちなみに現在、万聖節はAll Saints' Dayとも言います。
そして諸聖人の祝日の翌日を死者の日(本来は煉獄で苦しむ人のために祈る日、転じて全ての死者の為に祈りを捧げる日)が11月2日だったのです。

一方ケルト人の一年は11月1日(サウィン祭)から始まった。つまり10月30日は大晦日です。これは一年の収穫を終えた日を祝う収穫祭でもありました。
また、この日にはあの世との扉が開き、多くの霊がこの世にやってくると考えられてきました。(これがハロウィンをお盆に喩えた元でしょう。
日本でも大晦日の夜から新年を迎える行事が始まるように、ケルトでは日没と共に新年お祝いが始まります
司祭が火の回りで踊り、儀式を行ない、人々に分け与えます。その火は各家庭に持ち帰られカマドの新しい火としました。この火が悪霊がカマドの煙突から入ってくるのを防ぎます

サウィンにはケーキを焼いて祝いますが、死者のためにひと欠け残す風習がありました。一方キリスト教では死者の日(11月2日)に死者の恰好をして物乞いをして廻る風習があった。これらが一緒になってトリックオアトリートの原型となりました。

ハロウィンといえばカボチャですが、元々は英語のJack-o'-lantern(ジャック・オー・ランタン)で判るように、提灯です。この元はカブでした。カボチャになったのは、風習がアメリカに渡ってからだと記憶しています。
では、なぜハロウィンとジャックのランタンが関係あるのでしょう。
これにはスカイハイみたいな話と日本むかし話みたいな、二つの説が有名です

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タグ:ハロウィン
posted by おとん at 09:15| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

お礼終了?

久しぶりに夫婦だけの旅行。とは言っても義父のお見舞い。
以前お話した娘の守護地蔵様へのお礼参り。
もう10年くらいになるんだろうか…
ところが
お寺に行ってびっくり。
お礼を述べるはずの地蔵尊がない。
というか、すっかり片付けられて、他の像もなくなっている。
更に驚いたのは、住職の奥さんが覚えていらっしゃらない。
別にボケる歳ではなさそうだし、お布施を見て思い出したらしいのです。
でも、いきさつのほとんどは覚えていない。「あぁ、お地蔵様の・・・」程度。
これは、娘も数えで二十歳になることだし、そろそろお礼参りも修行明けということかなと、ふと思っています。
理由はこれだけではない

続きはコチラ
posted by おとん at 23:33| 神奈川 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

生き残る権利とそうでないもの

駐輪場花壇

だれが決められるんでしょう?
posted by おとん at 19:34| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする