世はまさに受験戦争の真っ只中…そんな折でもありますが、ちょっと世に異論を唱えます。それは
「学問の神様を詣でるなら乃木神社がふさわしい」
先日、初めて赤坂の乃木神社に行きました。
それまでは、明治時代の勇くらいの知識しかなかったので、大きな衝撃を受けました。
彼は現六本木ヒルズのある長州藩上屋敷で生まれ、玉木文之進の創った松下村塾で吉田松陰とともに学問を修めました。
西南の役や第一次大戦など戦歴は華々しいが、戦績はと言えばさほど天才といわれるほどではなかった。旅順陥落(2回目)で歓声とともに迎えられたくらいです。
しかし、その折、ステッセルらロシア軍幕僚にも帯剣を許し、ロシア軍との会見風景は一枚だけに限るなど、
彼らの武人としての名誉を重んじた紳士的な振る舞いが世界的にも評価されています。
西南の役では実弟を敵将として死なせたり、師でもある文之進が切腹するなど、乃木の心は非常に傷つきました。
旅順後、遺族の困窮した生活を援助したり、「乃木将軍と辻占売り」に見られる様に彼の優しさや人徳もから見てもその心の傷が深かったであろう事は想像できます。
その後、学習院の学長を勤めるなど、軍績よりも人としての徳・孝・精神面での評価をしたいところです。
一方、天満宮の祭神である菅原道真は祟り神です。
その才能は非常に秀でており、学問としては若くして文章得業生となり、あまりの速さに規定を逸して三階級を一階級特進に押さえられたほどです。
しかし一方で、中央集権的な財政を主張して権力の集中を嫌う藤原氏や安定を望む中下級貴族の反発を受けたり、
三善清行の諭しを断るなど、政治的上昇志向の強さも伺われます。
また、中国との関係では道真は漢字を唯一の文字として、その関係を保とうとするなど、
平仮名の導入、日本独自の独立した文化を伸ばそうとした藤原時平との確執も大きいようです。
確かに才知に関しては秀でるものがあったように思いますが、権力志向と一極集中の考えは賛同できません。
結果的に、政治的に破れ、政治的野望の怨霊と化した祟り神です。
そう考えると、現代の「親方日の丸」的考えの象徴でもあるように思えます。
これに対し、時平は周囲の状況に的確に反応しながらも、日本を一国としての価値を高めようとした自立心をむしろ評価したい所です。
また、その能力の評価にも関わらず、低位で甘んじた姿勢も好みです。
以上の理由から、私は学問の神としては道真よりも時平や乃木の方が適していると思っています。
・時平を祀る神社
posted by おとん at 11:50| 神奈川

|
Comment(0)
|
TrackBack(0)
|
日記
|

|